価格転嫁の交渉、何を持っていけば通るのか
結論から、いきます。 価格転嫁の交渉が通るかどうかは、あなたの度胸でも、相手との関係の長さでもありません。**「何を持っていったか」**でほぼ決まります。
なぜなら、目の前の担当者は「あなたを値切りたい人」ではなく、社内を説得しなければならない人だからです。担当者が上司に「あそこが値上げしたいと言ってきました」と言っても通りません。「あそこのコストがこれだけ上がっていて、うちが飲まないと供給が不安定になります」と言えれば、通る。
つまり価格転嫁の交渉とは、頭を下げに行く場ではなく、相手の社内を通すための材料を届けに行く場なんです。ここが分かると、交渉は驚くほど気が楽になります。今日は、その材料の中身を丸ごと渡します。
「お願い」を持っていくから、価格転嫁できない
いちばん多い失敗が、これです。
「原材料も上がっておりまして……なんとかお願いできませんでしょうか」
気持ちは痛いほど分かります。でも、この持って行き方だと相手は**「断ってもいい話」**として受け取ります。お願いは、断れますから。しかも担当者の手元には、上司に見せられる紙が1枚も残りません。
やるべきは**「情報提供」**です。言い方をこう変えるだけで、場の性質が変わります。
「弊社のコスト状況が変わりましたので、現状と、来期の見積をご報告に参りました」
報告なら、相手は聞く姿勢になります。値切る・値切られるの押し合いではなく、事実の共有になる。そして事実は、相手の社内で一人歩きしてくれます。あなたがいない会議室で、担当者の代わりに戦ってくれるのは、あなたの熱意ではなくあなたが置いてきた資料です。
そもそも「うちの値段は誰が決めるのか」という土台の話は“適正価格”は誰が決めるのか。相場でも原価でもない、という話にまとめてあります。あわせて読むと、交渉のときの腹の据わり方が変わります。
値上げ交渉に持っていく「3点セット」
具体的に、何を持っていくか。この3つです。
① コスト上昇の根拠
「上がりました」ではなく、「何が・いつから・どれだけ」を紙にします。
- 原材料の価格推移(仕入先からの値上げ通知や、仕入価格の推移表)
- エネルギーコストの推移(電気・ガス・燃料の請求額の推移)
- 人件費の推移(最低賃金の改定や、実際の平均賃金の変化)
ポイントは、自社の数字だけで語らないこと。自社の表だけだと「盛っているのでは」と見られる余地が残ります。仕入先からの通知書のコピーや、公的統計の推移をそっと添える。それだけで、資料は一気に「動かせない事実」になります。
(なお、価格転嫁については国の相談窓口や支援制度が用意されています。制度の名称・内容・条件は変わりますので、利用を検討するときは必ず最新の情報を確認してください。)
② 自社の企業努力の説明
これを飛ばす会社が、本当に多い。でも相手が最も知りたいのは、実はここです。
「そちらでできる努力は、もうやり尽くしたんですか?」
この問いに先回りして答える紙を、必ず入れてください。
- 歩留まりをどれだけ改善したか
- どの工程を見直し、何時間削ったか
- どの経費を、いつ、いくら削ったか
「ここまでやりましたが、それでも吸収しきれません」——この一文があるかないかで、相手の受け止め方はまるで変わります。努力の説明は、言い訳ではなくあなたの誠実さの証拠です。
③ 改定後の見積と、改定しない場合に起きること
最後に、改定後の見積書。ここは曖昧にせず、数字を出し切ります。「何%くらい上げたい」ではなく、品目ごとの新単価まで。相手が社内稟議にそのまま乗せられる形が理想です。
そして忘れてはいけないのが、改定しない場合に何が起きるか。脅しではありません。事実の共有です。
- このままでは、品質を維持するための検査工程が保てなくなる
- 小ロット・短納期への対応が難しくなる
- 安定供給の継続が厳しくなる
相手にとって本当に怖いのは、値上げではなく供給が止まることです。ここを冷静に伝えられる会社は、まず切られません。
値上げ交渉は「いつ・誰に・どの品目から」で決まる
中身が完璧でも、出す時期・出す相手・出す品目を外すと通りません。
時期と相手
時期。 相手の期末直前と繁忙期は避けてください。期末直前は「今期の数字を守る」モードなので、内容にかかわらず反射的に断られます。繁忙期は、そもそも読んでもらえません。狙うのは、相手が来期の計画や予算を組む時期。そこなら、あなたの数字は「翌期に織り込むもの」として扱われます。
相手。 目の前の担当者に決裁権があるかを、必ず確認してください。決裁権のない人に何度説明しても、伝言ゲームで熱量も根拠も減っていきます。だからこそ、書面なんです。書面は、あなたが会えない人のところまで、内容を減らさずに届いてくれます。
口頭で伝えて、後から「言った・言わない」になる——これは本当にもったいない。話した内容は必ず紙にして残す。 これだけは徹底してください。
「全部一律で上げる」から、価格転嫁できない
もう一つ、非常によくある失敗が一律値上げです。「全品目5%お願いします」——これ、通りにくいんです。
理由はシンプルで、相手が検証できないから。一律の数字には、品目ごとの根拠がありません。相手の担当者は「どれが本当に苦しいのか分からない」まま、全体を飲むか全体を断るかの二択になる。そして、たいてい断られます。
通しやすいのは、個別交渉です。順番はこう。
- 赤字品目:作るほど損が出ているもの。根拠がいちばん明確で、相手も納得しやすい
- 小ロット・特注品目:段取り替えや個別対応の手間が価格に乗っていないもの
- 短納期・特殊仕様の品目:あなたの負担でだけ成り立っているもの
つまり、苦しい順・根拠が明確な順に、一つずつ。全部を一度に動かそうとするから止まるんです。1品目でも通れば、それは前例になります。前例ができた相手との2回目は、驚くほど楽になります。
どの品目から手をつけるかを感覚ではなくデータで選ぶ方法は値上げする商品はデータで選ぶに書きました。手元の数字だけで選べます。
そのまま使える、価格転嫁交渉の持ち物リスト
明日そのまま使えるように、リストにしておきます。印刷して、□を埋めてから訪問してください。
【持っていく資料】
- □ 仕入先からの値上げ通知(コピー)
- □ 主要原材料の価格推移表(過去2〜3年分)
- □ エネルギー費の推移(請求額ベースで可)
- □ 人件費の推移が分かる資料
- □ 自社が実施した改善・コスト削減の一覧(時期・内容・効果額を書く)
- □ 改定後の見積書(品目ごとの新単価、適用希望日を明記)
- □ 改定しない場合に生じる影響の説明(品質・納期・供給)
【事前に確認すること】
- □ この交渉の決裁者は誰か(担当者か、その上か)
- □ 相手の期末・繁忙期はいつか(避ける)
- □ どの品目から出すか(赤字品目・小ロット品目が先)
- □ 最低ラインはいくらか(ここを決めずに行かない)
- □ 断られた場合の代替案(次章)
【当日やること】
- □ 「お願い」ではなく「ご報告」として切り出す
- □ 資料は置いて帰る(担当者が社内で使えるように)
- □ 話した内容を、その日のうちに書面で送る
最後の「最低ラインを決めずに行かない」は、特に大事です。決めていないと、その場の空気で押し切られます。交渉は、部屋に入る前に半分終わっています。
断られたときの、次の一手
さて。準備を尽くしても、断られることはあります。そこで終わらせないでください。価格が動かないなら、価格以外を動かせばいい。 利益は、値札以外の場所からも取り戻せます。
- 数量:単価を据え置く代わりに、発注量をまとめてもらう。年間の内示をもらう
- 納期:短納期対応をやめる、またはリードタイムを延ばす。これだけで残業と段取りコストが減ります
- 支払条件:サイトを短くしてもらう。手形をやめて現金にしてもらう。資金繰りは立派な利益です
- 仕様:過剰な検査や梱包を見直す。相手が求めていない品質は、ただのコストです
- 最低ロット:小口対応をやめる、または小ロット分だけ別価格にする
そして、赤字のまま続けないという選択も、必ず手元に置いておいてください。作るほど損が出る取引を抱え続けることは、その会社を守っているようで、他のお客さんと社員の給料を削っているのと同じですから。
値引きが利益をどう溶かすかは値引きが利益を溶かすで数字にしてあります。断る勇気が出ないときに、読んでみてください。
今日やること
今日は1つだけ。いちばん利益率の低い品目を1つ、書き出してください。
その1品目について、「いつ・何が・どれだけ上がったか」をA4一枚にまとめる。それが、あなたの最初の交渉資料です。全部の品目を完璧に揃えようとすると、一生始まりません。1品目、1枚から。
価格転嫁は、わがままではありません。適正な対価を受け取ることは、明日も供給し続けるための責任です。堂々といきましょう。応援しています!
よくある質問
価格転嫁の交渉には何を持っていけばいいですか?
3つです。①コスト上昇の根拠(原材料・エネルギー・人件費の推移が分かる資料や仕入先からの値上げ通知)②自社がすでに行った企業努力の説明③改定後の見積と、改定しない場合に何が起きるかの説明。この3点がそろうと「お願い」ではなく「情報提供」になり、通りやすくなります。
価格転嫁がどうしてもできないときはどうすればいいですか?
全品目を一律に上げようとしていないか見直してください。赤字品目・小ロット品目など、根拠を示しやすいものから個別に交渉するほうが通ります。それでも難しい場合は、数量・納期・支払条件・仕様など、価格以外の条件で利益を取り戻す交渉に切り替えます。
値上げ交渉を切り出すタイミングはいつがいいですか?
相手の期末直前や繁忙期は避けてください。判断する余裕がない時期は、内容にかかわらず断られやすくなります。相手が来期の計画を立てる時期に、決裁権のある人へ、口頭ではなく書面で伝えるのが基本です。
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