価格転嫁できない中小企業へ。通る交渉の持ち物
結論から、いきます。 価格転嫁の交渉が通るかどうかは、あなたの度胸でも、相手との関係の長さでもありません。「何を持っていったか」でほぼ決まります。
先に、数字を1つ置いておきます。中小企業庁が69,625社に聞いた最新の調査(2026年3月実施)では、こうなっています。
| 価格交渉が行われた割合 | 90.7% |
| 価格転嫁率 | 54.2% |
| └ 原材料費 | 55.7% |
| └ 労務費 | 50.0% |
| └ エネルギーコスト | 48.9% |
出典:経済産業省・中小企業庁「価格交渉促進月間(2026年3月)フォローアップ調査の結果」(2026年6月26日公表・回答69,625社)
※90.7%は「価格交渉は不要」と答えた会社を除いた割合です。不要と答えた会社(28.4%)も含めると、交渉が行われた割合は64.9%になります。
交渉の場には、9割が立てている。それでも通っているのは半分です。しかも労務費に至っては50.0%——賃上げした分の半分は、自社で飲んでいることになります。
つまり「価格転嫁できない」の正体は、交渉を切り出せないことではありません。交渉の場で、何も持っていっていないことです。
なぜなら、目の前の担当者は「あなたを値切りたい人」ではなく、社内を説得しなければならない人だからです。担当者が上司に「あそこが値上げしたいと言ってきました」と言っても通りません。「あそこのコストがこれだけ上がっていて、うちが飲まないと供給が不安定になります」と言えれば、通る。
つまり価格転嫁の交渉とは、頭を下げに行く場ではなく、相手の社内を通すための材料を届けに行く場なんです。ここが分かると、交渉は驚くほど気が楽になります。今日は、その材料の中身を丸ごと渡します。
なぜ価格転嫁できないのか?「お願い」を持っていくから
いちばん多い失敗が、これです。
「原材料も上がっておりまして……なんとかお願いできませんでしょうか」
気持ちは痛いほど分かります。でも、この持って行き方だと相手は「断ってもいい話」として受け取ります。お願いは、断れますから。しかも担当者の手元には、上司に見せられる紙が1枚も残りません。
やるべきは「情報提供」です。言い方をこう変えるだけで、場の性質が変わります。
「弊社のコスト状況が変わりましたので、現状と、来期の見積をご報告に参りました」
報告なら、相手は聞く姿勢になります。値切る・値切られるの押し合いではなく、事実の共有になる。そして事実は、相手の社内で一人歩きしてくれます。あなたがいない会議室で、担当者の代わりに戦ってくれるのは、あなたの熱意ではなくあなたが置いてきた資料です。
そもそも「うちの値段は誰が決めるのか」という土台の話は“適正価格”は誰が決めるのか。相場でも原価でもない、という話にまとめてあります。あわせて読むと、交渉のときの腹の据わり方が変わります。
業種によって、転嫁率はどれくらい違うのか?
かなり違います。同じ調査で、受注する側の業種ごとに集計した転嫁率はこうです(コスト増に対する転嫁率、2026年3月)。
| 受注する側の業種 | 転嫁率 | 労務費の転嫁率 |
|---|---|---|
| 化学 | 65.7% | 57.1% |
| 機械製造 | 63.9% | 60.0% |
| 自動車・自動車部品 | 58.2% | 57.1% |
| 金属 | 55.8% | 50.5% |
| 全体 | 54.2% | 50.0% |
| 建設 | 52.3% | 50.7% |
| 印刷 | 51.7% | 43.3% |
| 廃棄物処理 | 43.2% | 39.9% |
| トラック運送 | 36.9% | 33.5% |
出典:中小企業庁「価格交渉促進月間(2026年3月)フォローアップ調査結果」の「価格転嫁の実施状況の業種別ランキング【受注企業の業種毎に集計】」から抜粋
愛知県の会社(受注する側の所在地で集計)は55.1%で、前回の48.8%から上がっています(同調査・都道府県別ランキング)。
⚠ この表は、落ち込むための数字ではありません。使い道は1つです。同じ業種の他社は、ここまで転嫁できている。相手の担当者が社内を説得するときの材料になります。
⚠ 逆に、自社の業種が下のほうでも「うちの業界は無理だ」と決めないでください。同じ業種の中でも、持っていくもので結果が分かれます。それが次の章です。
値上げ交渉に何を持っていけばいいのか?──3点セット
具体的に、何を持っていくか。この3つです。
① コスト上昇の根拠
「上がりました」ではなく、「何が・いつから・どれだけ」を紙にします。
- 原材料の価格推移(仕入先からの値上げ通知や、仕入価格の推移表)
- エネルギーコストの推移(電気・ガス・燃料の請求額の推移)
- 人件費の推移(最低賃金の改定や、実際の平均賃金の変化)
ポイントは、自社の数字だけで語らないこと。自社の表だけだと「盛っているのでは」と見られる余地が残ります。仕入先からの通知書のコピーや、公的統計の推移をそっと添える。それだけで、資料は一気に「動かせない事実」になります。
(なお、価格転嫁については国の相談窓口や支援制度が用意されています。制度の名称・内容・条件は変わりますので、利用を検討するときは必ず最新の情報を確認してください。)
② 自社の企業努力の説明
これを飛ばす会社が、本当に多い。でも相手が最も知りたいのは、実はここです。
「そちらでできる努力は、もうやり尽くしたんですか?」
この問いに先回りして答える紙を、必ず入れてください。
- 歩留まりをどれだけ改善したか
- どの工程を見直し、何時間削ったか
- どの経費を、いつ、いくら削ったか
「ここまでやりましたが、それでも吸収しきれません」——この一文があるかないかで、相手の受け止め方はまるで変わります。努力の説明は、言い訳ではなくあなたの誠実さの証拠です。
③ 改定後の見積と、改定しない場合に起きること
最後に、改定後の見積書。ここは曖昧にせず、数字を出し切ります。「何%くらい上げたい」ではなく、品目ごとの新単価まで。相手が社内稟議にそのまま乗せられる形が理想です。
そして忘れてはいけないのが、改定しない場合に何が起きるか。脅しではありません。事実の共有です。
- このままでは、品質を維持するための検査工程が保てなくなる
- 小ロット・短納期への対応が難しくなる
- 安定供給の継続が厳しくなる
相手にとって本当に怖いのは、値上げではなく供給が止まることです。ここを冷静に伝えられる会社は、まず切られません。
値上げ交渉は「いつ・誰に・どの品目から」で決まる
中身が完璧でも、出す時期・出す相手・出す品目を外すと通りません。
時期と相手
時期。 相手の期末直前と繁忙期は避けてください。期末直前は「今期の数字を守る」モードなので、内容にかかわらず反射的に断られます。繁忙期は、そもそも読んでもらえません。狙うのは、相手が来期の計画や予算を組む時期。そこなら、あなたの数字は「翌期に織り込むもの」として扱われます。
相手。 目の前の担当者に決裁権があるかを、必ず確認してください。決裁権のない人に何度説明しても、伝言ゲームで熱量も根拠も減っていきます。だからこそ、書面なんです。書面は、あなたが会えない人のところまで、内容を減らさずに届いてくれます。
口頭で伝えて、後から「言った・言わない」になる——これは本当にもったいない。話した内容は必ず紙にして残す。 これだけは徹底してください。
「全部一律で上げる」から、価格転嫁できない
もう一つ、非常によくある失敗が一律値上げです。「全品目5%お願いします」——これ、通りにくいんです。
理由はシンプルで、相手が検証できないから。一律の数字には、品目ごとの根拠がありません。相手の担当者は「どれが本当に苦しいのか分からない」まま、全体を飲むか全体を断るかの二択になる。そして、たいてい断られます。
通しやすいのは、個別交渉です。順番はこう。
- 赤字品目:作るほど損が出ているもの。根拠がいちばん明確で、相手も納得しやすい
- 小ロット・特注品目:段取り替えや個別対応の手間が価格に乗っていないもの
- 短納期・特殊仕様の品目:あなたの負担でだけ成り立っているもの
つまり、苦しい順・根拠が明確な順に、一つずつ。全部を一度に動かそうとするから止まるんです。1品目でも通れば、それは前例になります。前例ができた相手との2回目は、驚くほど楽になります。
どの品目から手をつけるかを感覚ではなくデータで選ぶ方法は値上げする商品はデータで選ぶに書きました。手元の数字だけで選べます。
そのまま使える、価格転嫁交渉の持ち物リスト
明日そのまま使えるように、リストにしておきます。印刷して、□を埋めてから訪問してください。
【持っていく資料】
- □ 仕入先からの値上げ通知(コピー)
- □ 主要原材料の価格推移表(過去2〜3年分)
- □ エネルギー費の推移(請求額ベースで可)
- □ 人件費の推移が分かる資料
- □ 自社が実施した改善・コスト削減の一覧(時期・内容・効果額を書く)
- □ 改定後の見積書(品目ごとの新単価、適用希望日を明記)
- □ 改定しない場合に生じる影響の説明(品質・納期・供給)
【事前に確認すること】
- □ この交渉の決裁者は誰か(担当者か、その上か)
- □ 相手の期末・繁忙期はいつか(避ける)
- □ どの品目から出すか(赤字品目・小ロット品目が先)
- □ 最低ラインはいくらか(ここを決めずに行かない)
- □ 断られた場合の代替案(次章)
【当日やること】
- □ 「お願い」ではなく「ご報告」として切り出す
- □ 資料は置いて帰る(担当者が社内で使えるように)
- □ 話した内容を、その日のうちに書面で送る
最後の「最低ラインを決めずに行かない」は、特に大事です。決めていないと、その場の空気で押し切られます。交渉は、部屋に入る前に半分終わっています。
値上げが通ったあと、相手は何を見ているのか?
先日、こんなことがありました。
法事の帰りに、ひいきにしている明石焼きのお店に寄ったんです。1人前900円。10年前と比べると、1.4倍ほどになっています。
値上げは、当然やと思いました。材料も光熱費も上がっている。むしろ、よく今まで抑えてきたなと。
ところが、一口食べて、小さな違和感があったんです。「おっ!」という感動が、前より弱い。焼いている人が変わったのか、味の「らしさ」が少し揺らいでいる気がしました。
値段に文句はない。でも、払った額に見合うものが積み上がっているか。客の側は、そこを黙って見ているんですよね。
取引先も、まったく同じです。値上げを飲んでくれた担当者は、社内で「上げても大丈夫な相手です」と説明しています。その直後に、納期が遅れる。不良が出る。問い合わせへの返事が遅くなる。そうなると、次に困るのは、飲んでくれた担当者です。
だから、値上げが通った後の3か月は、いつも以上に、いつもどおりをやり切ってください。納期、品質、連絡の速さ。値上げは、した方がいい。ただし、上げた分の「らしさ」を守り続けることが、次の交渉の持ち物になります。
取引先が値上げの協議に応じないときは?
2026年1月1日から、下請法は「中小受託取引適正化法(通称:取適法)」に変わりました。
この改正で、禁止行為が1つ増えています。「協議に応じない一方的な代金決定」です。受注側の中小企業が価格協議を求めたのに、発注側が協議に応じなかったり、必要な説明をしないまま代金を一方的に決めたりする行為を指します。
ただし、どの取引にも当てはまるわけではありません。対象になるかは、取引の内容と、資本金または従業員数の基準で決まります。自社の取引が対象かどうかは、先に確かめてください。
違反ではと思ったら、公正取引委員会の相談窓口に相談できます。政府広報オンラインには、相談した内容が発注側に知られることはない、と書かれています(2026年1月から下請法が「取適法」に!)。
とはいえ、法律は協議の席に着いてもらうための後ろ盾です。席に着いたあとで通るかどうかは、やはり持っていったもので決まります。この記事の3点セットを、そのまま使ってください。
断られたら、次にどうすればいいのか?
さて。準備を尽くしても、断られることはあります。そこで終わらせないでください。価格が動かないなら、価格以外を動かせばいい。 利益は、値札以外の場所からも取り戻せます。
- 数量:単価を据え置く代わりに、発注量をまとめてもらう。年間の内示をもらう
- 納期:短納期対応をやめる、またはリードタイムを延ばす。これだけで残業と段取りコストが減ります
- 支払条件:サイトを短くしてもらう。手形をやめて現金にしてもらう。資金繰りは立派な利益です
- 仕様:過剰な検査や梱包を見直す。相手が求めていない品質は、ただのコストです
- 最低ロット:小口対応をやめる、または小ロット分だけ別価格にする
そして、赤字のまま続けないという選択も、必ず手元に置いておいてください。作るほど損が出る取引を抱え続けることは、その会社を守っているようで、他のお客さんと社員の給料を削っているのと同じですから。
値引きが利益をどう溶かすかは値引きが利益を溶かすで数字にしてあります。断る勇気が出ないときに、読んでみてください。
愛知県の価格転嫁・価格交渉の無料窓口(エキスパートあいち、よろず支援拠点)と、刈谷商工会議所の専門家派遣は、知多半島と刈谷市のページに、確認した日付つきでまとめています。
今日やること
今日は1つだけ。いちばん利益率の低い品目を1つ、書き出してください。
その1品目について、「いつ・何が・どれだけ上がったか」をA4一枚にまとめる。それが、あなたの最初の交渉資料です。全部の品目を完璧に揃えようとすると、一生始まりません。1品目、1枚から。
価格転嫁は、わがままではありません。適正な対価を受け取ることは、明日も供給し続けるための責任です。堂々といきましょう。応援しています!
よくある質問
価格転嫁の交渉には何を持っていけばいいですか?
3つです。①コスト上昇の根拠(原材料・エネルギー・人件費の推移が分かる資料や仕入先からの値上げ通知)②自社がすでに行った企業努力の説明③改定後の見積と、改定しない場合に何が起きるかの説明。この3点がそろうと「お願い」ではなく「情報提供」になり、通りやすくなります。
価格転嫁がどうしてもできないときはどうすればいいですか?
全品目を一律に上げようとしていないか見直してください。赤字品目・小ロット品目など、根拠を示しやすいものから個別に交渉するほうが通ります。それでも難しい場合は、数量・納期・支払条件・仕様など、価格以外の条件で利益を取り戻す交渉に切り替えます。
取引先が値上げの協議に応じてくれません。どうすればいいですか?
2026年1月1日に下請法が改正され、中小受託取引適正化法(取適法)になりました。価格協議を求めたのに、発注側が協議に応じなかったり、必要な説明をしないで一方的に代金を決めたりする行為は、新たに禁止されています。自社の取引が対象かは、取引の内容と資本金または従業員数の基準で決まります。違反ではと思ったら、公正取引委員会の相談窓口に相談できます。
値上げ交渉を切り出すタイミングはいつがいいですか?
相手の期末直前や繁忙期は避けてください。判断する余裕がない時期は、内容にかかわらず断られやすくなります。相手が来期の計画を立てる時期に、決裁権のある人へ、口頭ではなく書面で伝えるのが基本です。
値上げが通ったあと、取引先に切られないために何をすればいいですか?
値上げ後の数か月は、納期・品質・連絡の速さを、いつも以上にいつもどおり守ることです。値上げを受け入れた担当者は、社内で上げても大丈夫な相手だと説明しています。その直後に遅れや不良が出ると、担当者の立場が悪くなり、次の見直しのときに不利になりかねません。値上げ後の実績は、次の価格交渉の根拠にもなります。
小さな会社の売上アップ・利益改善のご相談を承っています。
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