労務費の価格転嫁が通らないとき、何を持っていくか
交渉の場には出られるようになった。それでも、労務費だけが通らない。
これは、あなたの交渉が下手だからではありません。
労務費には、原材料費とは違う壁があります。
まず、いま何が起きているか
| 項目 | 割合 |
|---|---|
| 価格交渉が行われた割合 | 90.7% |
| 価格転嫁率(全体) | 54.2% |
| 労務費の転嫁率 | 50.0% |
出典:経済産業省・中小企業庁「価格交渉促進月間(2026年3月)フォローアップ調査」 (2026年6月26日公表・回答69,625社)
交渉の場には、9割が出られています。 話を聞いてもらえない時代ではなくなりました。 それでも通るのは半分で、労務費に限れば、さらに低い。
つまり、いま詰まっているのは「交渉できない」ではなく 「交渉したのに通らない」です。直すべきは、話を持ちかける勇気ではなく、 持っていくものの中身です。
なぜ労務費だけ、通りにくいのか
原材料費や燃料費は、相手にも見えます。 公表された指標があり、相手企業も同じ値上がりを経験しています。 「鋼材が上がった」は、説明しなくても伝わります。
労務費は違います。「うちは賃上げをしました」は、相手には御社の判断に見えます。 だから「それは御社が決めたことですよね」と返されます。 この一言で止まった経験がある方は、多いはずです。
ここを、外部の事実に変換して持っていく。これが最初の一手です。
持っていくもの、5つ
1上がったのが「うちの都合」に見えない形にする
ここが労務費の最大の壁です。
「賃上げしました」は、相手には御社の判断に見えます。これを外部の事実に置き換えます。最低賃金の改定額、業界の賃金水準、地域の求人倍率、同職種の募集賃金。いずれも公表されている数字です。「払わないと人が採れない」という状態が、御社固有ではなく市場の条件であることを示します。
やること:自社が賃上げした額ではなく、**その地域・その職種で人を雇うのにいくら必要か**を、公表資料から示す
2「いくら上がったか」を、単価に落とす
総額では相手が判断できません。
「人件費が年間300万円増えました」と言われても、相手は自社の発注分がいくらかを計算できません。相手が判断できるのは「この製品1個あたり、いくら」という形です。総額を、対象の製品・サービスの数量で割って、単価あたりの影響額まで落とします。
やること:増えた労務費 ÷ 年間の生産(提供)数量 = **1個あたりの影響額**。この数字を持っていく
3相手の担当者が、社内で通せる形にする
決めるのは、目の前の担当者ではありません。
担当者は、御社の話を上司に説明する立場です。「取引先が値上げを求めてきました」だけでは、上司は判断できません。何が、いつから、どれだけ上がり、その根拠は何かが1枚にまとまっていれば、担当者はそれをそのまま持って上がれます。相手の仕事を減らすほど、通りやすくなります。
やること:**A4・1枚**にまとめる。①何が上がったか ②いつから ③いくら(単価あたり) ④根拠(外部資料) ⑤希望する改定額と時期
4公表されている指針を、味方につける
国は、発注側に対応を求めています。
労務費の転嫁については、国が指針を公表しており、発注側にも協議に応じることが求められています。相手企業の担当者も、社内でその対応を求められている場合があります。指針を突きつけるという意味ではありません。「制度としてそうなっている」という共通の土台があると、話が個別の力関係だけで決まらなくなります。
やること:中小企業庁・公正取引委員会が公表している労務費の転嫁に関する指針に、**目を通しておく**。相手も見ている可能性がある
5順番をつける。通りやすいところから
1件も通らないまま最難関へ行くと、そこで止まります。
取引額が大きいところから、と考えがちですが、そこは相手も慎重です。まず通りやすい相手で1件通す。その実績が次の交渉材料になります。「他社様にはご理解いただきました」は、事実であれば強い一言になります。
やること:取引先を「通りやすさ」で並べる。**利益率が低くて取引額が小さい先**は、通りやすく、かつ通れば効果が出やすい
もっと詳しい手順
価格転嫁全般の準備、そのまま使える文書の型は、記事に書いています。
- 価格転嫁できない中小企業へ。通る交渉の持ち物
- 取引先に価格改定を伝える文書の書き方。そのまま使える5つの型
- 原価と同じ額だけ値上げすると、利益が減る理由
- 限界利益を理解すると、値引きの怖さが分かる
- 建設・工務店の見積りで利益を守る
お客さま向けの値上げなら、話が変わります
ここまでは取引先(発注側)との交渉の話です。 消費者・エンドユーザーへの値上げは、準備がまったく違います。 稟議も指針も関係なく、代わりに「誰が離れるか」の見極めが要ります。
値上げでお客さんが離れる不安を、データで小さくする に、そちらの手順を書いています。
担当するのは
中小企業診断士(経済産業大臣登録)の吉田直樹が担当します。 製鋼プロセスの技術開発に6年、設備診断に20年携わりました。 製造の現場で、原価がどう積み上がるかを実際に見てきました。 ご相談は代表がそのまま担当します。
よくあるご質問
- なぜ労務費だけ、価格転嫁が通りにくいのですか?
- 相手から見えないためです。原材料費や燃料費は公表された指標があり、相手も同じ値上がりを経験しています。労務費は違います。「うちは賃上げをしました」は、相手にとっては御社の社内事情に見えます。だから「それは御社の判断ですよね」と返されます。ここを、外部の事実に変換して持っていく必要があります。
- 国の調査では、実際どのくらい通っているのですか?
- 経済産業省・中小企業庁の「価格交渉促進月間(2026年3月)フォローアップ調査」(2026年6月26日公表、回答69,625社)によると、価格交渉が行われた割合は90.7%まで上がっています。一方で価格転嫁率は54.2%、労務費に限れば50.0%です。つまり「交渉の場には出られるが、半分しか通っていない」のが現状です。交渉できないことが問題なのではなく、通し方が問題になっています。
- 交渉を持ちかけたら、取引を切られませんか?
- その懸念があるのは当然です。ただし、国は指針を公表し、発注側に労務費の転嫁に応じるよう求めています。相手企業の担当者も、社内でその対応を求められている場合があります。「交渉を持ちかけること自体が失礼」という前提は、いまの制度環境とはずれています。とはいえ実際の力関係はありますので、いきなり全取引先ではなく、通りやすいところから順に進めるのが現実的です。
- 相手にどんな資料を渡せばいいですか?
- 大事なのは、相手の担当者が社内で稟議を通せる形になっていることです。担当者は、御社の事情を上司に説明する立場になります。そのとき「取引先が値上げを求めてきました」だけでは通りません。何が、いつから、どれだけ上がったかが、外部の資料で裏づけられている必要があります。決めるのは相手の上司です。その人に届く形にします。
- 全部の取引先に、同時に交渉すべきですか?
- 順番をつけたほうが通ります。取引額が大きく利益率が低いところから、と考えがちですが、そこは相手も慎重になります。まず通りやすいところで1件通し、その実績を持って次に進むほうが確実です。1件も通っていない状態で最難関に行くと、そこで折れたときに全部が止まります。
- 相談だけしたい場合も費用はかかりますか?
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